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村上記念病院略史

村上記念病院略史

 村上記念病院は九州財界人の方々により、西日本鉄道初代社長村上巧児翁の功績を記念するとともに、中津市諸町に開院(寛永十七年京都の名医古林見宣より開業免許を得て)した巧児翁の先祖を記念して、昭和三十二年に開院されました。
初代院長は、村上医院開祖村上宗伯氏より十一代目の村上健一氏がなり、二代目鈴木圭吉氏、三代目天野武勇氏、四代目上田一雄氏、五代目村上玄兒氏(初代院長村上健一氏長男)、六代目上田一雄氏、七代目中山吉福氏となり現在に至っております。
 理事長は、当時井筒屋社長菊池安右ヱ門の次男で、福岡大学副学長であった菊池昌弘氏(中川洋元久留米大学学長で村上巧児末娘の長女主人)、平成24年4月25日より菊池仁志氏(菊池昌弘氏長男)が就任されております。
 村上記念病院は県内に早期から人工透析を導入し、今では、二百名近い患者が治療を受けており、透析を中心とした病院の特性が地域に高く評価されております。
開院当時の村上記念病院
開院当時の村上記念病院